KOBE MEISTER

溶接段林 勝治

昭和21年生 平成23年没

勤務先:三菱重工業(株)神戸造船所

高い安全性や信頼性が要求される原子力発電所の製品に手腕を振るい、日本初の高速増殖炉の原子炉容器及びガードベッセルの溶接を手がける。

”原子炉、明石海峡大橋―人生をかけたモニュメント”

 直径8メートル、長さ18メートルという大きな発電機用原子炉容器も溶接技術があって初めて仕上がる。鉄板を何枚もつなぎ合わせて丸みを付け、やがては一体化した円柱形の蒸気発生器に。同様に、火力発電プラントや原子力発電プラントの最重要機器である圧力容器に関してもコンピュータ制御の電子ビームを駆使して精度の高い製品に完成させる。「高温・高圧のもとで電力を起こす心臓部ともいうべき装置ですから気を抜けませんね。」高い安全性や信頼性が要求される原子力発電所の発電機器や、宇宙開発事業団の高空燃焼試験設備の蓄圧器にも手腕を振(ふる)っている。
 兵庫県宍粟(しそう)郡一宮町から神戸に出てきて35年を超える三菱重工での生活で忘れられないのは、昭和61年から3年がかりで手がけた日本初の高速増殖炉の原子炉容器及びガードベッセルの溶接。「もんじゅの玉成(ぎょくせい)は我々の使命―とスローガンを掲げて、50~60人のチームがそれこそ一致団結してがんばりましたよ。」前例のない難しい仕事を、ステンレス鋼の厚板(あついた)狭開先(きょうかいさき)TIG溶接装置を工夫して、みごと完成にこぎつけた時の感動は今も忘れない。「男たるもの仕事で泣く事はもってのほかと思っていましたが、あの時ばかりは、娘を嫁がせる父親の心境はこんなものかなとじーんときましたよ。」チームの汗と努力の結晶である巨大な製品を積んだ船が、明石二見の沖に遠ざかって行くのを、豆粒ほどになるまでいつまでも見送ったという。
 身近な所では大阪なんばのショッピングモールのロケットから、明石海峡大橋2P主塔基礎部分の溶接まで、どれも段林さんの人生をかけたモニュメントだ。

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