KOBE MEISTER

西洋料理/中田 肇

昭和35年生 神戸市中央区在住

勤務先:株式会社ホテルオークラ神戸

おもてなしの最高峰といえるフランス料理に賭けた人生。国賓からブライダルまで、人と人との絆を深める場に味な役割を果たす正統派料理のオーソリティー

瀬戸内海と日本海の魚介類、丹波の山の幸、京野菜、神戸ビーフなど恵まれた食材環境で素材を活かしたフランス料理は日本全国の西洋料理業界の手本に

顧客に幸せな時間をと客席を見守る中田さん 朝5時に起きてオムレツを作る。ホテルオークラ神戸の常務取締役・総料理長の肩書きを持つ中田 肇さんの日課だ。「現場で朝食のオペレーションを担当すると、利用客の動向や傾向をダイレクトに感じられ、経営方針を打ち出す目安になります。それ以上に、お客様への感謝の気持ちが直接伝わります」。経営する立場になってもなお率先して現場に出るのは、子供のころからもの作りが好きだったからだと言う。中田さんは埼玉県川口市生まれ。電気製品を分解したり、ラジオを組み立てたりと、物の仕組みや作り方に関心を示す手先の器用な子供だった。料理に興味を抱いたのは昭和30年代、家族で出かけた東京のデパートの食堂で食べたハンバーグのおいしさがきっかけ。高校生になり、勉学の傍らレストランでアルバイトを始めた。卒業後、本格的に料理人を志望し、アルバイト先の料理長に紹介されて入ったところが東京のホテルオークラだった。コックコートも身に付けられず、鍋洗いから調理場の掃除、食材の準備など下ごしらえの仕事が続いた。それでも憧れの西洋料理の仕事場には違いなかった。やがて料理を作ることができる立場になり、西洋料理人の世界でも尊敬を集める小野正吉さんの指導を仰ぐようになってからはめきめき腕を上げた。
 23歳の時、周囲では最年少にしてオランダのアムステルダムで仕事をする機会に恵まれた。「バカンスの制度を利用して、本場ヨーロッパの料理をきっちり修得しようと、フランスやイタリアに足を延ばして研究を積みました。各地の料理はもちろん、その背景にも心を留め、人間関係を築く上で料理が果たす重要な役割も西洋料理の実際の場で実感しました」。 27歳で帰国後も修行の成果がモノを言い、オークラの新事業所開設や関連機関の指導に手腕を振るうようになった。勤務先だけに留まらず、業界の発展は社会貢献にもつながると、全日本司厨士協会、日本エスコフィエ協会など多数の要職を歴任、料理人だけでなく将来の進路を考える学生達をも指導するなど労を惜しまない
 正統派フレンチをモットーに調理したメインディッシュの写真 西洋料理、とりわけフランス料理は国賓や皇室はもとより一般市民にとっても人生のセレモニーの場に欠かせぬメニューであることを意識し、食材の選定から調理、味付け、盛り付けや演出に至るまで中田さん一流の技術とセンスで期待に応える。「奇をてらわず、正統派のフレンチを自分自身心がけて、勉強会でも指導しています」。 料理はおいしさに加えて衛生面も完璧でなければ、という持論の中田さんは40年間食品衛生事故無しという事実も特筆すべき。
 2011年、神戸のホテルオークラの役員となり運営の責任者となってからも、多くの人にフランス料理の素晴らしさを実感してもらおうと精力的に活動している。

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